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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)159号 判決

原告 金燦圭

被告 東京入国管理事務所 主任審査官

訴訟代理人 小沢義彦 荒木文明 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五〇年九月一七日付で原告に対してした仮放免請求に対する不許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

一  原告は、昭和二二年一二月一二日朝鮮慶尚南道蔚山郡において、父金炯益、母蒋畢愛の長男として出生し、昭和四七年九月下旬大阪港に旅券を所持せずに不法に入国、昭和四八年一一月二二日被告より退去強制令書を発付され、昭和四九年一〇月東京入国管理事務所に収容され、現に大村入国者収容所に収容中の者である。

二  原告は、昭和四九年二月二〇日右退去強制令書発付処分及び昭和四八年一〇月三〇日付の法務大臣の異議申立て棄却裁決の取消しを求めて訴訟を提起するとともに執行停止の申立てをしたところ、昭和四九年一一月一五日送還部分のみその執行を停止する旨の決定がされ、右決定は確定した。

三  その後原告は被告に対し再三仮放免の申請をし、いずれも不許可となつたものであるが、昭和五〇年九月一六日改めて仮放免の申請をしたところ、翌一七日被告は不許可処分をし(以下「本件処分」という。)、原告に告知した。

四  しかしながら、本件処分は次の理由により違法な処分であるから取り消されるべきである。

(一)  前記のとおり原告に対する退去強制令書発付処分は送還部分が執行停止されているため、本案判決が確定するまで送還の執行をすることは不可能であるところ、被告はなんらの理由を示さずに原告の身柄を拘束している。退去強制令書に基づく収容は、送還確保のための附随処分にすぎず、送還が不可能である以上収容しておく理由はなく、被告は仮放免をしなければならない法的義務を負つているものといわなければならない。したがつてなんらの理由を示さず原告を収容することは憲法第一八条、第三一条、第三四条に違反し、したがつて本件処分もまた違法である。

(二)  出入国管理令(以下「令」という。)第五四条が仮放免を定めた趣旨からすれば、執行停止により送還が不可能となつている以上、原告の申請があれば、被告は相当な条件を附して原告を仮放免しなければならない義務を負つていると解すべきであり、このことは令第五二条第六項の趣旨からも明らかである。したがつて、本件処分は令に違反する違法な処分である。

(三)  本件処分についてはその不許可の理由が告げられていないのみならず、原告を収容して身柄の拘束を継続する相当の理由がないにもかかわらずした処分であるから違法である。

(四)  本件処分は裁量権を著しく逸脱ないし濫用した違法な処分である。すなわち、原告は、昭和四八年八月出入国管理令違反、外国人登録法違反の容疑で逮捕され、東京地方裁判所で判決を受けたが、その間短期間を除いて仮放免を受け、昭和四九年四月昭和薬科大学に入学し、現に同大学在学中であり、また原告の父は在日朝鮮人大阪府商工会会長であつて、日本人朝鮮人を問わず極めて信頼が厚い。したがつて、原告には逃亡の虞はないから身柄を拘束しなければならぬ理由は全く存しないのである。そして行政処分により身柄の拘束をする場合、その要件は刑事訴訟法第六〇条第八九条の規定に比してより厳しく運用されなければならないことは当然である。

第三被告の答弁〈省略〉

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  原告の請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分が違法であるか否かについて判断する。

(一)  原告は、退去強制令書に基づく収容は送還確保のための附随処分にすぎず、送還が不可能である以上収容しておく理由はなく、被告は仮放免しなければならない法的義務を負つている。したがつて何らの理由を示さず原告を収容することは憲法第一八条、第三一条、第三四条に違反し、本件処分は違法であると主張する。

不法入国者につき退去強制令書が発付されると、入国警備官は右令書の執行によりすみやかに当該外国人を送還先に送還しなければならないのであるが(令第五二条第三項)、退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送還することができないときは、送還可能のときまで、入国者収容所等に収容することができるとされている(同条第五項)。けだし、送還のため身柄の確保の必要があるほか、元来不法入国者は本邦において在留活動をすることは許されないのにかかわらず、身柄を収容し、在留活動を禁止しなければ事実上在留活動を容認することとなり、在留資格制度の建前をびん乱することとなるからである。そうすると、令の規定する退去強制手続は身柄を収容して行うのを原則とすることは明らかであり、また退去強制令書の執行がその送還部分について執行停止されている場合も令第五二条第五項の規定に該当し、右令書により収容を続けることが原則であるといわなければならない。

ところで令第五四条に規定する仮放免の制度は、右の原則に対する例外的措置として、自費出国又はその準備のため若しくは病気治療のため等身柄を収容するとかえつて円滑な送還の執行が期待できない場合、その他人道的配慮を要する場合等特段の事情がある場合に一定の条件を付したうえで一時的に身柄の解放を認める制度と解すべきである。したがつて、仮放免の許否の判断については入国者収容所長又は主任審査官に右の目的的見地からする広範囲な自由裁量が与えられているというべきである。

しかして、原告に対する退去強制令書は送還部分についてのみ執行が停止され、そのため直ちに本邦外に送還することができないのであるから(他に送還が不可能であるとの事情は何もない。)、送還可能のときまで収容すべきものといわねばならず、被告が仮放免を許可しなければならない法的義務を有しないことは勿論、その収容の理由を告げなければならない根拠のないこともまた明らかである。

よつて、原告の右主張は違憲の点を論ずるまでもなく、その前提において理由がない。

(二)  原告は執行停止により送還が不可能となつている以上被告は原告を仮放免しなければならない義務を負つていると解すべきであり、このことは令第五二条第六項の趣旨からも明らかである、と主張する。

しかしながら、仮放免の許否の判断については、入国者収容所長又は主任審査官に広範囲な自由裁量が与えられていることは前述のとおりであるから、令第五二条第六項に該当する者に係る仮放免の請求についても、入国者収容所長等が当然に仮放免しなければならない義務を負うものではなく、その一切の事情を参酌した結果、場合により裁量権の逸脱ないし濫用と認められることがあるに過ぎない。そして、自らした退去強制令書発付処分の執行停止申立ての結果、その送還部分のみの執行が停止されている者につき仮放免を許可しなくても、裁量権の逸脱ないし濫用とはいえないし、その他本件処分につき裁量権の逸脱ないし濫用が認められないことは、後記(四)に認定のとおりである。

(三)  原告は本件処分についてはその不許可の理由が告げられていないのみならず、原告を収容して身柄の拘束を継続する相当の理由がないにも拘らずした処分であるから違法であると主張する。

しかしながら、仮放免を不許可とする場合に不許可の理由を告げなければならない根拠は存しないし、前述のように仮放免の許否の判断については被告に広範囲な自由裁量が与えられているというべきであるから、裁量権の濫用ないし逸脱のない限り、不許可処分を違法ということはできないのみならず、後記(四)に認定のように原告については仮放免を相当とする特段の事情も存しないのであるから、原告の右主張も理由がない。

(四)  原告は、本件処分は裁量権を著しく逸脱ないし濫用した違法な処分であると主張する。

原告がその主張に係る刑事事件について東京地方裁判所で判決を受けたこと、その間仮放免を受けていたことがあること、昭和四九年四月昭和薬科大学に入学したことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、本件口頭弁論の全趣旨によれば原告がかつて仮放免を受けたのは刑事裁判の進行との関連であることがうかがわれるところ、前記仮放免制度の趣旨にかんがみると、大学に在学中である場合、逃亡の虞のない場合常に仮放免を許すべきものと解しなければならぬいわれはない。

また、〈証拠省略〉によれば、原告は本件仮放免許可の申請理由として身体衰弱し収容に耐えないことを挙げており、原告本人尋問の結果によれば、原告は胃の具合が悪く大村入国者収容所入所直後医師の診察を一回受け、一週間薬を服用したことがうかがわれるけれども、右供述によれば、その後診察を受けたことも薬を服用したこともないことが認められるから、収容に耐えない状態ではないことが明らかである。また仮放免は刑事訴訟法の定める保釈とはその趣旨を異にするから、刑事訴訟法との対比において本件処分を非難することも当たらない。

したがつて、本件処分は、なんら裁量権を逸脱ないし濫用したものとはいえない。

三  以上の理由により、本件処分に原告主張の違法はない。よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 山崎敏充)

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